西村天囚(にしむらてんしゅう/1865〜1924)
重建懐徳堂の理事兼講師。名は時彦(ときつね)、字は子駿、号は天囚・碩園(せきえん)。鹿児島種子島出身。明治16年(1883)、東京帝国大学古典講習科に入学。中退の後、大阪朝日新聞社に入り、明治43年(1910)、懐徳堂記念会を創設し、大阪朝日新聞に「懐徳堂研究」を連載して、その顕彰に努めた。その連載をまとめた『懐徳堂考』は、今日においても、懐徳堂研究の最も基本的な文献としての価値を持つ。大正5年(1916)、重建懐徳堂の竣工後は、懐徳堂理事・講師として尽力した。主著に『日本宋学史』がある。また、晩年には『楚辞』『尚書』の研究と資料蒐集に努め、天囚の書斎は『楚辞』にちなんで「読騒廬(どくそうろ)」と名づけられた。現在、大阪大学懐徳堂文庫漢籍の内でも『楚辞』関係資料は、「楚辞百種」と総称され、重要なコレクションの一つとなっている。