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歴代学主

並河寒泉(なみかわかんせん)
1797〜1879

並河寒泉
 (並河寒泉)
 懐徳堂最後の教授。中井竹山(なかいちくざん)の外孫。17歳で伯父の中井碩果(せきか)の門に入り、懐徳堂で教鞭を執りました。一旦懐徳堂を離れたのち、碩果の死去に伴い、44歳の時に教授に就任。懐徳堂の講義日程を遵守し、門人を武士役人層にまで広げ、大坂町奉行に援助を願い出るなど、懐徳堂の経営・維持に努めました。
 主著の『弁怪』(べんかい)は、鬼神(きしん)の存在を否定する無鬼論(むきろん)を説いたもので、懐徳堂学派の合理主義的精神とその実践的性格を知ることのできる重要な資料です。
 明治2年(1869)師走、懐徳堂閉校の折、寒泉は、「百余り四十路四とせのふみの宿けふを限りと見かへりて出づ」の歌を門に貼り付けて学舎を去りました。


(寮中日課、並河寒泉が寄宿生の日課として制定したもの)


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