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歴代学主

中井竹山(なかいちくざん)
1730〜1804

中井竹山
 (中井竹山)
 懐徳堂四代目学主。中井甃庵(なかいしゅうあん)の長男。名は積善(せきぜん)、字は子慶(しけい)、通称は善太(ぜんた)、号は竹山。弟の履軒(りけん)とともに五井蘭洲(ごいらんしゅう)に師事して朱子学を学び、のち懐徳堂の黄金期を築きました。竹山は、父甃庵の亡き後、29歳で預り人に就任して三宅春楼(みやけしゅんろう)を支え、また、春楼亡き後は、学主(教授)として懐徳堂の経営に努めました。
 懐徳堂の内部では、諸規定を整備し、寛政4年(1792)の学舎再建に尽力するなど、懐徳堂の発展に努めました。他方、安永3年(1744)、経世策をまとめた『社倉私議』(しゃそうしぎ)を龍野藩(たつのはん)に呈出し、天明8年(1788)の松平定信(まつだいらさだのぶ)の来坂に際してその諮問に答え、それを『草茅危言』(そうぼうきげん)にまとめるなど、対外的にも活躍しました。
 思想的には、朱子学を主体としつつ、陽明学をも排除することがなかったとされます。主著に、荻生徂徠(おぎゅうそらい)の『論語徴』(ろんごちょう)を論駁した『非徴』(ひちょう)、日本史ブームの先駆けとも言える『逸史』(いつし)、年少者向けに「人の道」を箇条書きにした『蒙養篇』(もうようへん)などがあります。


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