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懐徳堂の人々

五同志(ごどうし)

 懐徳堂を創建し、その運営を支えたのは、大坂の有力町人でした。中でも、懐徳堂創建に尽力した五人の町人を「五同志」と呼びます。懐徳堂は、創建2年後の享保11年(1726)に、江戸幕府から官許を得て「大阪学問所」となりますが、その後も、五同志を中心とする経営が続きました。

三星屋武右衛門 道明寺屋吉左衛門 舟橋屋四郎右衛門
備前屋吉兵衛 鴻池又四郎


(御同志中相談覚書)


歴代学主

 学主(がくしゅ)とは、懐徳堂の学長兼教授のことです。懐徳堂の運営は、学務と校務とに分担され、学務上の最高責任者を学主、校務・俗務の責任者を預り人(あずかりにん)と呼んでいました。学主は、懐徳堂の学務を統括し、自ら講義を担当したので、教授とも呼ばれ、助教(じょきょう)がそれを補佐しました。
 懐徳堂の初代学主は三宅石庵(みやけせきあん)です。その後は、中井甃庵(なかいしゅうあん)、三宅春楼(みやけしゅんろう)、中井竹山(なかいちくざん)、中井碩果(なかいせきか)、中井桐園(なかいとうえん)、並河寒泉(なみかわかんせん)が学主を務めました。また、中井履軒(なかいりけん)も、竹山逝去の際、名目上の学主に就いていますが、実際には、懐徳堂から一定の距離を置き、自らの私塾水哉館(すいさいかん)で研究教育に専念しました。

三宅石庵 中井甃庵 三宅春楼 中井竹山
中井履軒 中井碩果 並河寒泉


町人学者

 懐徳堂は、大阪の有力町人「五同志」によって創設され、受講生は身分の上下にかかわらず「同輩」であるとされていました。こうした学問的雰囲気の中から、懐徳堂出身の町人学者として、富永仲基(とみながなかもと)、山片蟠桃(やまがたばんとう)、草間直方(くさまなおかた)といった、時代を先駆ける異才が誕生しました。

富永仲基 山片蟠桃 草間直方


(宝暦八年定書)

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